
『共病ダイアリー』
「これは、闘病記じゃない。共病記(きょうびょうき)だ。」
病気と闘うのではなく、病気と共に生きることを書いた物語、記録──私はそれを共病記と名付けた。
『共病ダイアリー』は、線維筋痛症と慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)という二つの病気と共に生きる著者が、ほとんど寝たきりの生活の中で書き続けた、2年半の日記と書き下ろしエッセイ。
日記は、2022年8月から2025年2月までの日記です。noteで連載しているつぶやき日記をもとに、過去に載せたトータル十万字以上の2年半分のテキストを大胆にもカットし、日記本として読みやすく書き直しました。また、日記ページの下に、現在の私からのコメントも入れております。そして、日記とともに収録されたエッセイは、闘病記の歴史・健康主義などに触れつつ、共病記について書いております。

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タイトル:共病ダイアリー
仕様:B6 / 112ページ
初回版特典:購入者限定おまけカード(名刺サイズ)つき
文学フリマ東京40では初回版を販売。
ricrck工房 オンラインストア(BOOTH)にて発売中。
- 通販の初回版は、文学フリマ東京40でも販売する新刊『共病ダイアリー』と購入者特典カード+無料配布(のしりこだより+名刺)のセットです。
- おまけ付きの初回版は在庫がなくなり次第終了となり、以降は本のみの通常版とさせていただきます。
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【試し読み】 『共病ダイアリー』冒頭の「はじめに」全文公開!
【試し読みはじまり】
「闘病記か。なぜ、病気って闘わないといけないのだろう。」
二〇二二年八月。夏の終わりのある日。SNSでたまたま見かけた闘病記という文字に、そんなことをぼんやりと思いながらも、私はいつものようにエッセイを書き始めた。季節の変わり目で、いつもよりも症状が強い。発熱したかのように頭が妙にぼーっとして、文章が思うように書けない。言葉がまとまらず、指が止まる。
私は毎年、この時期になると、いつも調子が崩れる。私の病気は二つある。ひとつめは、全身の激痛などの症状がある線維筋痛症。もうひとつは、極度の疲労感や頭が霧がかかったようになるブレインフォグなどの症状がある慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)。私はそれらの病気のせいで、ほとんど寝たきり生活だ。とくに、季節の変わり目はいつもより症状がひどくなる。
この日は、noteというウェブサービスで公開する予定のエッセイを書いていた。だが、脳が上手く働いてくれない。気分転換に、ツイッターに投稿しようとしたが、文章を書くのに一時間かかった。このまま、書けなくなってしまったらどうしよう。なんとかして書き続けられるようにしなくては。
そんなとき、ふと思いついた。ツイッターに投稿したものを日記にしてみよう、と。そこで、ツイッターに投稿していた短い文章やお家で暮らす猫のことなどを編集し、noteに載せた。名前はつぶやき日記。
当時の私は、初回のつぶやき日記の記事でこのように書いていた。「私は生きる証拠をインターネット上に残したい。ここに私がいるよ、生きているよ、と。」
書き始めた当初は、こんなに続くと思っていなかった。二年半後の二〇二五年、現在。noteでのつぶやき日記の記事の数は三十一となり、私はこの日記をもとに本を作ることにした。この日記がなければ、私は書き手としてやめていたかもしれない。この二年半、何度も書くのをやめようと思った。病状の悪化により、どうすればいいのかわからなくて、何度も泣いたこともある。だが、それでも書き続けられたのは、「ここで終わらせたくない」という強い想いがあったからだ。
この二年半の日記は、書き手として諦めずに言葉を書き続けた記録だ。そして、病気と共に生きながら、自分の人生を生きてきた日記でもある。けれども、これも闘病記なのだろうか。いや、私はこの日記を闘病記とは呼びたくない。病気と闘うなんて、思っていないからだ。もっと別の言葉で表現したい。闘病記ではなく、病気と共に生きる物語。私はこれを「共病記(きょうびょうき)」と名付けることにした。
共病記という言葉について
共病記とは、病気と共に生きることについて書いたものだ。患者として一〇〇パーセント受け入れるのではなく、役割を固定せず、病気を抱えながらも自分の人生を主体的に生きる物語。
病気の当事者が病気について書くと、それはたいてい闘病記と呼ばれてしまう。けれど、私は病気と闘う気はない。だから、私はこれまで、病気と闘わず、病気と共に生きることについて、エッセイで書いてきた。だが、それを表す言葉が、存在しない。いくら調べてみても、それらしい言葉は見つからないのだ。病気との共生や共存という概念は広まっていても、闘病記に並ぶ言葉がない。ならば、私が名付けるしかない。そこで、私は共病記という言葉を使うことにした。自分の書いたものを説明するのには、共病記がもっともしっくりとくる言葉だったからだ。
線維筋痛症と慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)について
さて、ここで私の病気を説明しよう。先ほども少し触れたが、私は線維筋痛症と慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)という二つの病気を抱えている。
まずは、線維筋痛症から。公益財団法人日本リウマチ財団 リウマチ情報センターの説明によると、こう書かれている。
線維筋痛症とは、三ヶ月以上の長期にわたって、身体のあちこちの広い範囲に痛みが持続したり、再発したりします。痛み以外に、身体の強いこわばりとともに、激しい疲労感、不眠、頭痛やうつ気分、物忘れなど多彩な症状を伴います(☆1)。
☆1:公益財団法人日本リウマチ財団 リウマチ情報センター、「線維筋痛症|リウマチに関連する病気 | 公益財団法人日本リウマチ財団 リウマチ情報センター 一般・患者様向け情報」、二〇二二年八月、URL=https://www.rheuma-net.or.jp/rheuma/illness/fm/
では、慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)はどうだろうか。MSDマニュアル家庭版の説明によると、こう書かれている。
慢性疲労症候群とは、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)とも呼ばれ、身体診察や臨床検査で客観的な異常が認められない状況で日常生活を送れないほどの重度の疲労感が長期間続く状態をいい、その原因は、身体的なもの、精神的なものを含め分かっていません(☆2)。
☆2:MSDマニュアル、慢性疲労症候群 26. その他の話題 MSDマニュアル家庭版、二〇二三年七月、URL=https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/26
私の場合、主に極度の疲労感、全身のあらゆる箇所に激痛がつねに症状としてある。他には、頭痛、めまい、立ちくらみ、吐き気、音・光・匂いなどの感覚過敏、筋肉痛、関節痛、認知機能障害(ブレインフォグ)などがある。
とはいえ、私の症状を羅列しても、いまいち想像しにくいと思う。なので、もう少しわかりやすく説明してみよう。たとえば、インフルエンザで高熱を出したときを想像してほしい。そのときは、とにかく身体が怠くて、横になっていないとつらい。でも、トイレに行こうと思えば、なんとか歩ける。しかし、歩くとフラフラして、ずっと立っているのはキツい。私の症状には、高熱や咳などはないものの、身体の感覚的には、インフルエンザで高熱を出したときにすごく似ている。そこに加えて、全身にわたる激痛がつねにある。それが、いまの私の状況なのだ。
そのため、外出先では身体の角度を下げられる特殊な車いすに乗り、家ではほとんど寝たきり生活で暮らしている。寝ていないとつらいからだ。ただし、一般的によくイメージされている寝たきり生活と違い、歩くことが全くできない訳ではない。だから、私は「ほとんど寝たきり」と、表すようにしている。
いままで説明してきた線維筋痛症と慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)は、症状が似ており、共に原因不明だ。また、二つとも、これといった治療法がない。そして、相互に併発することが多く、私も併発している。これらの病気は初期のころに見つかっていれば、良くなる可能性が高い。しかし、私が診断された頃には、初期の症状からすでに二十年以上も経っていた。今後、良くなることはあっても微々たるもので、劇的に良くなることはない。おそらく、これらの病気の研究が進み、根本的に治す方法が見つからない限り、人生の最期までこの病気と付き合うことになる。
ここまで、病気のことを詳しく説明したが、要するに、「病気でつねに全身の激痛と極度の疲労感などの症状があって、ほとんど寝たきり生活」なのが、インフルエンザで高熱出たときみたいな感じなのかなと思えば、大丈夫だ。
さあ、これから、二年半の『共病ダイアリー』という物語をゆっくり語っていこうではないか。
【試し読み終わり】
